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”絶対に見返してやる”生活始めます。

受験終了後のバカも休み休みにして、

明日から新生活に向けて色々と準備しようと思います。

引っ越してすぐスムーズに暮らすことが出来れば、

高校生活のような失敗もないだろうし。

とりあえず荷物のまとめと生活リズムの見直しから始めます。

2年で東京生活を切り上げられるように

キチンとした大学生活を送りたいです。

高校受験の時とは違い、まだまだ桜は咲いていません。

これから自分がどう頑張るかで咲くかどうかが決まって来ると思います。
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今までの反省を生かす

中学校3年間はまずまず頑張ったと思いますが、

例)http://highfidelity440hz.blog102.fc2.com/blog-entry-100.html

高校3年間は非常に問題があるものでした。

特待生で入ったは良いが勉強はしない、授業中に遊ぶ、寝る、喋る

学習面は最悪の3年間でした。

おかげで評定平均は5段階評価で驚きの3.3!!

自分でも呆れてしまう程の成績の悪さで高校生活を終えました。

特に何かに取り組んでいたわけではなく(カラオケは熱心に通い詰めた)

只々自分の部屋でネットサーフィンを楽しみ、

バカンスし放題でしたww

こんな僕でも4月から大学生になります。

初めての東京暮らしです。

東京は地価と電気代が高いせいで住むところも思い通りになりません。

これで東京西側だったらまだ良かったのによりによって学校は千代田区なので、

もうお手上げです。

ここ数日間のゴタゴタで僕は、

「4年も6年も東京に住むのなんか御免だ、さっさと北の国に帰りたい!」

と思いました。

出来れば3年次の編入試験を狙いたいと思います。

もちろん北海道大学(ホ・ク・ダ・イ)で

何せ私大通う為に北国に帰ってくると周りが五月蠅いだろうと思うから、

一番良い所に入りたいんです。

その為に入学してから今までとは打って変わって頑張りたいんです。

大の苦手の英語だって習得したいし、

高校3年間無駄にしてきた社会科のハイスペック知識量+長期記憶能力も

もう一度生かしたいし、

北の国で綺麗な部屋に一人暮らし出来るようにお金だって貯めたい!!

今年やりたいことはこういう事です。

正直カラオケなんかごくたまーに行ければ良いんです。

帰省だって自分がやるべき事が片付かないうちはしないし、

もうこれ以上「夢破れる」人生は送りたくないんです。

ある時からずっとそうでした。

今までは他人のせい、社会のせい、時代のせいにしてきたけど…

結局は自分のせいなんです、

だって選択して行動してるのは自分だから。

夢と今やるべき事をキチンとリンクさせられないから

いつまでもグダグダ生きてるんです。

フィギュアスケートの安藤美姫さんの受け売りですけどこの言葉で締めます。




辛い事があっても挫けず頑張ろうというのは少し無理だけど、

例え挫けたとしても諦めない、


"絶対に見返してやる"





寝不足はまずい

今日の昼にYuzucaさんとカラオケに行く予定なんですけど、

全然寝れなくてこのままでは間違いなくオールです。

6時間以上の睡眠をとらないと喉はものすごく負担が掛かる場所なんです。

起きてから3時間以上のインターバルは必要だし…

寝不足で歌い始めると真っ先に高音に影響が出ます。

ただでさえ今日は受験中に行けなかった分を取り戻すための

"リハビリ"企画なのにこれでは全く意味がありません。

カラオケボックスの予約をしてさっさと寝よう!

03.11という日を振り返ってみて

2011.03.11 14:46:18.10-JST- N38°06"12 E142°51"36

日本人の殆どが「あの時自分が何をしていたか」を覚えている日、

日本人にとって「この世の地獄」とも言い換えられる日。

平成23年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)から1年が経ちました。


あの時、僕は学校でその週の最終授業である6時限目の日本史を受けていました。

14:15に始まった授業が後半を過ぎた14:46頃、

じわりじわりとかなりキツめの横揺れに気付きました。

廊下側最後尾ドア付近の席に座っていた僕は咄嗟に廊下の窓の外を見ました。

すると、目の前のグラウンドにある野球のバックフェンスがゆったりと、

規則正しく、大きく揺れていました。

教室中がざわめきました。

天井を見てみると吊るされている蛍光灯が今まで、見たことも無い程に

ゆらゆらと揺れていました。

中には机の下に隠れようとする人も居ました。

揺れている最中、僕はあることが脳裏に過りました。

「まさか3月9日の地震と関係があるんじゃないか…?」

その2日前の昼時、テスト終わりで早々に帰って来ていました。

その時自宅ですこし大きめの地震が起きたんです、津波付きの。

その時は三陸沿岸も50㎝程度で済みました。

普段だと僕が住んでいる街で大きな地震が起きるとまず疑うのは北海道南西沖、

青森県東方沖、浦河沖、十勝沖、釧路沖、北海道東方沖のどれかなんです。

こうして見ると結構地震多発地帯ですね。

でもその時は真っ先に宮城沖が脳裏に浮かびました。

ここでもこんなに揺れているんだったら東北地方はどうなっているんだ?

僕の脳内をとてつもない不安が駆け巡りました。

揺れが収まると教頭が教室に来て「宮城で震度7だって」と報告に来ました。

僕は「やっぱり…」という思いでした。

僕のクラスの担任は宮城県に実家があるのでかなり不安になりました。

担任は「うちは大丈夫」と高を括っていましたが、僕は「そんなはずはない」と

この時とある事を危惧していました。

授業が終わると校内放送でここでも震度4の地震が起きたことが発表され、

ホームルームはいつもより手早く済まされ、僕は急いで家路につきました。

"とある事"を確認したかったんです。

10分程歩いて自宅マンションに着くと僕は思わぬ失態を犯してしまいました。

エレベーターに乗ってしまったんです、完全に余震を甘く見ていました。

案の定、エレベーターが動き出した瞬間ガタガタと横揺れが始まりました。

3階…4階…5階……かなり焦りました。

「早くしろ!」苛立ちを覚えました。

7階…停止、ドアオープン、8階到着。

廊下には同じフロアの住人が震えて座り込んでいました。

エレベーターの傍にいた中年女性に「どうしてエレベーターなんか使うの!」と

物凄い剣幕で叱られました。

今となっては近くの階で降りて階段を使うべきだったと思います。

家に着くと母親が居ませんでした。

この日、知り合いの引っ越しの準備を手伝う為に買い物に出掛けていました。

僕はテレビをつけた後、急いで電話を掛けると幸い繋がり連絡が取れました。

テレビを見ると僕が予想していた以上に"とある事"は深刻になっていました。

そうです、"とある事"とは"津波"の事です。

僕は初め、高い所でも6m-8m位だと想像していました。

あとは揺れの大きさから地すべりも心配でした。

しかし、明らかにそれよりも高い津波が押し寄せているようでした。

母親も帰って来て事態の深刻さにかなり驚いていました。

津波は僕の街にも襲来しました。

友達の父親の会社は完全に床上浸水で大型冷凍庫などが破損しました。

津波は4回に渡って襲来し、最終的には23:00頃に2m40cmまで押し寄せ、

地元の主要観光地の1つであるウォーターフロントが完全に水に浸かりました。

結局、その日僕は居間のソファで眠りに就きました。

僕にとっての03.11はこのような1日になりました。


-あとがき-

あの時の被害とかどうしてあんなに細かい予想が出来たんだろう?と

1年後にふと思い出しました。

たぶん偶然ですけど。

担任の実家は床上浸水があったものの、家族は全員無事だったようです。

僕はこれから渦中の東京に行くことになるけど、キチンとした防災プランを

立てたいと思います。

行政に任せるのではなく、個人1人1人が注意を深めることが肝心です。







プロフィール

Tegno Ackt

Author:Tegno Ackt
誕生日:夏が終わる日
血液型:例の大雑把なやつ
職業:写真を撮る人
趣味:音楽、乗り物
特技:高音、節約
特徴:ほぼ無限胃袋
活動期間:2009年-

連絡先
Twitter:@Tegno_2358
SkypeID:tegno.2358

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